芸術家 今井次郎

その人物をどう紹介すればいいだろう。作曲家、ミュージシャン、造形作家、パフォーマー・・・

今井次郎  東京都出身(1952年~2012年)没後5年が過ぎ、一般的にはほとんど知られていない「芸術家」についてのドキュメンタリー映画をなぜ今作るのか? 

それは彼の作品(加えて今井次郎という存在そのもの)の力が、社会的にも政治的にも非常に生きにくさを感じる現在において、決してそれらを忘れることなく、それでも「幸福になる自由」を伝えてくれるからだ。

 

戦後7年目に生まれ、手塚治虫に熱狂し、ビートルズを同時代で体験した青年は「最先端のものが、一番売れて支持される」というある種の幸福な「勘違い」を抱きながら表現を始める。

1980年代初頭、東京のパンク/オルタナティブ音楽シーンで伝説になったバンド「PUNGO」のキーマンとして登場、数々のバンドで音楽活動を行う一方で、演劇活動も継続し、現在も活動中の「時々自動」の音楽・出演を最後まで続けた。

 

1990年代半ばからは「JIROX(ジロックス)」名義で、ありあわせの(ゴミのようなとも言われる)素材で作ったオブジェや絵画を発表、自分の作品を使ったパフォーマンス「JIROX DOLLS SHOW」 で美術家や若者たちの支持を集めた。

 こうした経歴や作品に含まれるポップさから一般的に使われるかもしれない「マルチアーティスト」という言葉は、実は彼にはなじまない。実際の今井を探っていくと、むしろ「いつどんな形であっても自分自身を表現せざるを得ない」という古典的な「芸術家」の姿が浮かび上がってくる。

その最たるものが、(悪性リンパ腫による)死に先立つ半年間の入院生活中に膨大に残された「作品」だ。 

 毎日の病院食を並べ替えて絵にし、写真撮影を続けた「ミール・アート」、ノートの端や、薬の袋、献立表など、様々な紙片に走り書きされていた譜面、ツイッター等に発表し続けたシュールな「回文」、描き続けた絵、作り続けたオブジェ、彼の死の当日が初日となってしまった時々自動の公演での新作曲。死への意識の迫力を感じるが、その中で作られたものの「自由さ」は見る者聞く者に「幸せ」を感じさせる。

※その頃(死の約1ヶ月前、2012年10月14日)のツイート

六十才になって一か月(の最終日)おらは幸せだ、物凄く問題で悲しいこと片時も忘れられずそれでも

 

ドキュメンタリー映画(90分想定)

 この映画は、今井次郎の作品を改めて集約して紹介することで「幸せにさせる=自ら幸せになる」力を再現する試みである。作品とは切っても切れない本人について、多くの資料や過去の音源・映像を発掘、関係者インタビューも行い、どうしても社会に適応できない一面(多くのエピソードがある)を持った人間が「幸せであり続けた理由」にも切り込んでいく。

 

 しかし、この映画の最大の特徴は「今井次郎を再生させる音楽Live」のドキュメンタリーでもある点だ。

 

  観客には映画のためであることをあらかじめ告知しつつ、同時にライブ自体も独立したひとつの流れとして楽しめるように構成される。かつて今井が関わったバンド、劇団による演奏や、今井にインスパイアされ尊敬している若いミュージシャンが集い、追悼ではなく、今こそ必要な音楽として今井作品を演奏。会場には今井のオブジェや絵画のスペースも設け鑑賞できるし、今回の取材で集まった音源や映像、インタビューなども観客に伝えられる。参加ミュージシャンと映画製作者は曲の選定からどのように演奏するのか?、ライブをどのように(映画として)撮影するのか?までを時間をかけて話し合って決めていく。その過程もドキュメントとして映画に取り込む。

 一人の「そのようにしか生きられなかった芸術家」を基点にした、最高にハッピーで誰も見た事の無い音楽ドキュメンタリーが生まれる。 

制作:ドキュメンタリージャパン